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2007.9.24(MON) トプカプ宮殿の至宝
■頑張って7時に起床。色々と用事を済ませて家を出る。
■9時に上野の東京都美術館に到着。「トプカプ宮殿の至宝」展を見に来たのだ。ずっと見たいと思っていたのだが、タイミングもなかなかなくて、結局来れたのは最終日の本日となってしまった。行列が出来ているほどではないけれど、年配のお客さんを中心にそこそこの人出。
大体美術館の展示というのは入り口のところが混むので、そこは飛ばして途中から見る<最後まで行ったら戻ってくるつもり。全体の感想としては、とにかく何もかもが絢爛豪華でビックリしたというのに尽きるかな。オスマン帝国。ヨーロッパ諸国からも恐れられるほどの、アジアで最大の帝国だけあって、ものすごい権力や財力を持っていたのでしょうね。アクセサリーだけではなく、食器や揺りかご、鎧や剣など、何にでも、トルコ石、ルビー、金が使われている。瓶やランプもガラスかと思いきやすべて水晶。コーランを入れるための箱は全面がダイヤモンドで覆われている。当時エメラルドは新大陸のボリビアから輸入しなければいけなかったそうで、手に入れる労力だけでも相当のものだったと思うが、自らの力を誇示する為なのだろうか、これまた大量に使われている。展示会のチラシなどのトップに使われているターバン飾りの中央につけられたエメラルドは4X5cm四方くらいのエメラルドで、なんと220カラットですって!まわりの小さなエメラルドも全部合わせると500カラット。ダイヤも同じくらい使われているのだそうだ。すごい〜。兜とか旗印とかそういった軍事用品もすごい装飾がされているがコーランの文言も必ず掘り込まれている。軍事と信仰は密接な関係があったようだ。
それ以外に興味を惹かれたこと。
とにかくスルタン(皇帝)は強大な権力を持っていたので、当然のことながら皇位継承争いは熾烈を極めたらしい。世襲制ではあったので皇子同士が争うことになるわけだが、スルタンになれなかった皇子は全て殺されてしまっていたらしい。しかしそれを続けていたら男子皇位継承者不足に陥ってしまい、時代が下るとその習慣はなくなり、年長者が順番に継ぐようになったそう。面白いのは、彼らもいつ権力争いに敗れるか判らないので、たとえスルタンであっても手に職をつけるのが当たり前だったというエピソード。後世まで名を残しているような有名な人であっても、庭師の資格とか、金銀細工師、家具細工師とかの技能を持っていて笑ってしまった。
激しい争いがあったのは男子に限らず、お妃方も同様。ハレムには最大で1000人近い女性がいたこともあるようだが、ハレムのトップは母后。子供がスルタンになった人だけがその地位につくことができる。その下にスルタンの寵愛を受けている妃后(子供あり)4〜7名、妃后(子供なし)数十名、更にその下へピラミッド型に色々な側づとめをする女性たちがひしめく構造になっていたそう。色々な国の人がいてイタリア人などのヨーロッパ系の人もいたんですって。ここでお勤めした後、どこか裕福な家庭に嫁ぐようなパターンも多かったんだそうな。皇位継承争いが激しいということは、母后の座を狙う女性たちの間でも相当なやりとりがあったそうである。具体的なことは書かれていなかったけれど、スルタンと女性と黒人宦官しかいなかった後宮で一体どんなことが行われていたのだろうか。なんだか生々しくてドキドキしてしまう。毒を盛ったり盛られたりとか、色々な策略とかあったのだろうなあ。
日用品(といっても絢爛豪華なんだけど)の展示も素敵だった。スルタンも床に座ってちゃぶ台みたいなもので食事をしていたんだなとか(でもちゃぶ台は金製)。大皿から直接スプーンですくって食べていたんだなとか(でもスプーンも金だったり鼈甲だったり)。ヨーロッパの香りが強い水差しと水盤とか中国の陶器とか、本当にありとあらゆるものが宮廷にはあったんでしょうね。金糸銀糸などもふんだんに使って刺繍されたリネン類もとっても綺麗。ハレムの女性たちがハマム(お風呂)に入る時に履く高脚のサンダルなんてのも素敵だった。足のサイズは当然の事ながら小さくて多分22cmくらいとかかな。黒檀に螺鈿がはめ込まれたようなサンダル。足飾りというのもそうだったのだけれど、金貨銀貨や鈴などがついていて、歩くとシャランシャランと音がなるようになっている。独身女性は音で判るようにしていなければならなかったのですって。ハレムはともかくとしても、街中とかでシャランシャランと音がすると男性陣はおっと振り返ったりしたのかしらね。
出産するための椅子というのも権力争いの話とは違う意味でナマナマしかったなあ<「実際に後宮で使われたものです」という説明書きもあったし。背もたれつきの木製のベンチなんだけれど、座席の真ん中部分が半円欠けたような形になっていて、そこでスポッと産み落とすような感じだったのかな。ちょっとコワイ。そして産まれた赤ちゃん(皇子)には揺りかごが3つ贈られる。スルタンからと母后からと大宰相から。今回特別展示ということで金のゆりかごが展示されていた。芯は木だそうだけれど、全て金で覆われ、ダイヤ・エメラルド・ルビー・トルマリンなどでいたるところ装飾されている。こんな金ぴかしたところでは落ち着いて眠れなそうだけれど、そのくらい肝っ玉の据わった赤ちゃんじゃないとスルタンにはなれないのかもしれないね。後で聞いたところによると、秋篠宮の悠仁親王誕生を祝ってトルコ政府が特別出品したものだそうだ。
宮廷では扇をみんな使っていたそうで、使用人が大きい扇で扇ぐこともあれば、手で持つような小さな扇もあった。その扇を使ってメッセージを伝え合うというのがいかにも…だわね。扇子を頬からずらすと「あなたを愛しています」、顔を隠すと「あなたと知り合いたい」、扇を閉じて見せると「私のことを愛していますか」、右頬に扇子を当てると「はい」、左頬に当てると「いいえ」、扇子を唇に当てると「キスして」という意味だったそう。まさに宮廷での秘め事ね。
といった内容で、煌びやかで、かつ、陰謀や秘め事で溢れていたであろう宮殿やハレムの空気を満喫できて、とても楽しかった。期日中に来れるかどうか危ぶまれたけれど来れてよかったー。
■さて、見終わったら相方さんが迎えに来てくれているはずだったのに、どうやら寝坊した様子。結局1時間くらい待たされる。ぷんすか怒ったまま、横浜へ。お昼なので中華街でランチ。どこへ入るかあまり当てもなかったのだが、刀削麺にしようということになり、杜記2号店に入ってみた。2階もあって1号店と較べると随分広い。ワタシの焼そばはなかなか出てこなかったけれど、モチモチと美味しくて満足。そこから相方さんのおばあさまのお墓参り。お彼岸だからか人も多いわね。
お次はワタシの祖母のお見舞い。直線的な道がないので結構時間がかかったようだが、ワタシは昨日の疲れからかずっとウトウトしてしまった。益々祖母の記憶力は衰えて同じ会話の繰り返しだが、少なくとも身体は元気そうで良かった。帰りがけに梨を一箱購入。こないだ送られてきたのは稲城だったが、今はもう新高になっている。本当は持って帰りたかったけれど、今日の分はもうなくなってしまったとのことで宅配してもらうことにした。
お次はお義父さんのところへ。お墓参りの報告をして、夕飯を一緒にする。今日の昼くらいまで小淵沢に出掛けていたそうで、素敵なお宿に泊まった話などを聞く。車を返す都合もあり、早めの夕食にして19時半くらいにはお別れ。ワタシはDで先に落としてもらい、相方さんも車を返してから合流。でもあまりパッとせず。だらだらと過ごして3連休終了。昨日のコンサートで体力を使ったせいか、何だか疲れたなー。
■今日の食事。
朝食:ヨーグルト。フローズンマンゴー。
昼食:(杜記)刀削麺の焼そば。小龍包。
夕食:(キッチンぼん)ボルシチ。ビーフストロガノフ。
老舗の洋食屋さん。しかも結構お高い。ボルシチがとーっても美味しくってビックリ。これいいわー。
■9時に上野の東京都美術館に到着。「トプカプ宮殿の至宝」展を見に来たのだ。ずっと見たいと思っていたのだが、タイミングもなかなかなくて、結局来れたのは最終日の本日となってしまった。行列が出来ているほどではないけれど、年配のお客さんを中心にそこそこの人出。
大体美術館の展示というのは入り口のところが混むので、そこは飛ばして途中から見る<最後まで行ったら戻ってくるつもり。全体の感想としては、とにかく何もかもが絢爛豪華でビックリしたというのに尽きるかな。オスマン帝国。ヨーロッパ諸国からも恐れられるほどの、アジアで最大の帝国だけあって、ものすごい権力や財力を持っていたのでしょうね。アクセサリーだけではなく、食器や揺りかご、鎧や剣など、何にでも、トルコ石、ルビー、金が使われている。瓶やランプもガラスかと思いきやすべて水晶。コーランを入れるための箱は全面がダイヤモンドで覆われている。当時エメラルドは新大陸のボリビアから輸入しなければいけなかったそうで、手に入れる労力だけでも相当のものだったと思うが、自らの力を誇示する為なのだろうか、これまた大量に使われている。展示会のチラシなどのトップに使われているターバン飾りの中央につけられたエメラルドは4X5cm四方くらいのエメラルドで、なんと220カラットですって!まわりの小さなエメラルドも全部合わせると500カラット。ダイヤも同じくらい使われているのだそうだ。すごい〜。兜とか旗印とかそういった軍事用品もすごい装飾がされているがコーランの文言も必ず掘り込まれている。軍事と信仰は密接な関係があったようだ。
それ以外に興味を惹かれたこと。
とにかくスルタン(皇帝)は強大な権力を持っていたので、当然のことながら皇位継承争いは熾烈を極めたらしい。世襲制ではあったので皇子同士が争うことになるわけだが、スルタンになれなかった皇子は全て殺されてしまっていたらしい。しかしそれを続けていたら男子皇位継承者不足に陥ってしまい、時代が下るとその習慣はなくなり、年長者が順番に継ぐようになったそう。面白いのは、彼らもいつ権力争いに敗れるか判らないので、たとえスルタンであっても手に職をつけるのが当たり前だったというエピソード。後世まで名を残しているような有名な人であっても、庭師の資格とか、金銀細工師、家具細工師とかの技能を持っていて笑ってしまった。
激しい争いがあったのは男子に限らず、お妃方も同様。ハレムには最大で1000人近い女性がいたこともあるようだが、ハレムのトップは母后。子供がスルタンになった人だけがその地位につくことができる。その下にスルタンの寵愛を受けている妃后(子供あり)4〜7名、妃后(子供なし)数十名、更にその下へピラミッド型に色々な側づとめをする女性たちがひしめく構造になっていたそう。色々な国の人がいてイタリア人などのヨーロッパ系の人もいたんですって。ここでお勤めした後、どこか裕福な家庭に嫁ぐようなパターンも多かったんだそうな。皇位継承争いが激しいということは、母后の座を狙う女性たちの間でも相当なやりとりがあったそうである。具体的なことは書かれていなかったけれど、スルタンと女性と黒人宦官しかいなかった後宮で一体どんなことが行われていたのだろうか。なんだか生々しくてドキドキしてしまう。毒を盛ったり盛られたりとか、色々な策略とかあったのだろうなあ。
日用品(といっても絢爛豪華なんだけど)の展示も素敵だった。スルタンも床に座ってちゃぶ台みたいなもので食事をしていたんだなとか(でもちゃぶ台は金製)。大皿から直接スプーンですくって食べていたんだなとか(でもスプーンも金だったり鼈甲だったり)。ヨーロッパの香りが強い水差しと水盤とか中国の陶器とか、本当にありとあらゆるものが宮廷にはあったんでしょうね。金糸銀糸などもふんだんに使って刺繍されたリネン類もとっても綺麗。ハレムの女性たちがハマム(お風呂)に入る時に履く高脚のサンダルなんてのも素敵だった。足のサイズは当然の事ながら小さくて多分22cmくらいとかかな。黒檀に螺鈿がはめ込まれたようなサンダル。足飾りというのもそうだったのだけれど、金貨銀貨や鈴などがついていて、歩くとシャランシャランと音がなるようになっている。独身女性は音で判るようにしていなければならなかったのですって。ハレムはともかくとしても、街中とかでシャランシャランと音がすると男性陣はおっと振り返ったりしたのかしらね。
出産するための椅子というのも権力争いの話とは違う意味でナマナマしかったなあ<「実際に後宮で使われたものです」という説明書きもあったし。背もたれつきの木製のベンチなんだけれど、座席の真ん中部分が半円欠けたような形になっていて、そこでスポッと産み落とすような感じだったのかな。ちょっとコワイ。そして産まれた赤ちゃん(皇子)には揺りかごが3つ贈られる。スルタンからと母后からと大宰相から。今回特別展示ということで金のゆりかごが展示されていた。芯は木だそうだけれど、全て金で覆われ、ダイヤ・エメラルド・ルビー・トルマリンなどでいたるところ装飾されている。こんな金ぴかしたところでは落ち着いて眠れなそうだけれど、そのくらい肝っ玉の据わった赤ちゃんじゃないとスルタンにはなれないのかもしれないね。後で聞いたところによると、秋篠宮の悠仁親王誕生を祝ってトルコ政府が特別出品したものだそうだ。
宮廷では扇をみんな使っていたそうで、使用人が大きい扇で扇ぐこともあれば、手で持つような小さな扇もあった。その扇を使ってメッセージを伝え合うというのがいかにも…だわね。扇子を頬からずらすと「あなたを愛しています」、顔を隠すと「あなたと知り合いたい」、扇を閉じて見せると「私のことを愛していますか」、右頬に扇子を当てると「はい」、左頬に当てると「いいえ」、扇子を唇に当てると「キスして」という意味だったそう。まさに宮廷での秘め事ね。
といった内容で、煌びやかで、かつ、陰謀や秘め事で溢れていたであろう宮殿やハレムの空気を満喫できて、とても楽しかった。期日中に来れるかどうか危ぶまれたけれど来れてよかったー。
■さて、見終わったら相方さんが迎えに来てくれているはずだったのに、どうやら寝坊した様子。結局1時間くらい待たされる。ぷんすか怒ったまま、横浜へ。お昼なので中華街でランチ。どこへ入るかあまり当てもなかったのだが、刀削麺にしようということになり、杜記2号店に入ってみた。2階もあって1号店と較べると随分広い。ワタシの焼そばはなかなか出てこなかったけれど、モチモチと美味しくて満足。そこから相方さんのおばあさまのお墓参り。お彼岸だからか人も多いわね。
お次はワタシの祖母のお見舞い。直線的な道がないので結構時間がかかったようだが、ワタシは昨日の疲れからかずっとウトウトしてしまった。益々祖母の記憶力は衰えて同じ会話の繰り返しだが、少なくとも身体は元気そうで良かった。帰りがけに梨を一箱購入。こないだ送られてきたのは稲城だったが、今はもう新高になっている。本当は持って帰りたかったけれど、今日の分はもうなくなってしまったとのことで宅配してもらうことにした。
お次はお義父さんのところへ。お墓参りの報告をして、夕飯を一緒にする。今日の昼くらいまで小淵沢に出掛けていたそうで、素敵なお宿に泊まった話などを聞く。車を返す都合もあり、早めの夕食にして19時半くらいにはお別れ。ワタシはDで先に落としてもらい、相方さんも車を返してから合流。でもあまりパッとせず。だらだらと過ごして3連休終了。昨日のコンサートで体力を使ったせいか、何だか疲れたなー。
■今日の食事。
朝食:ヨーグルト。フローズンマンゴー。
昼食:(杜記)刀削麺の焼そば。小龍包。
夕食:(キッチンぼん)ボルシチ。ビーフストロガノフ。
老舗の洋食屋さん。しかも結構お高い。ボルシチがとーっても美味しくってビックリ。これいいわー。
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