| HOME |
フェルメール展を堪能
上野の都美術館でやっている「フェルメール展」へ。平日の昼間ですらかなり混んでいるという話だったので、金曜の夜なら多少マシかなと思って行ってみた。金曜夜のペアチケットは二人で2500円とちょっとお得だしね。しかし、入るのに並ぶという程ではなかったけれど、予想よりもずっと人が多い。フェルメールは全て2階に展示されていると言う。時間も一時間しかなかったし、まずはフェルメールへ直行。後で戻ってくればいいやと思ったのだが、甘かった!
今回は目玉と言われていたウィーン美術館の「絵画芸術」は急遽来ないことになってしまったのだが、その代わりの特別出展分を含めて7点。若い頃のものから晩年のものまで幅広く来ている。
フェルメールの作品は、先年フェルメール作と認定された「ヴァージナルの前に座る女」を含めても、世界でたった36点(真贋が定かでないものがもう1点)前後しかない上に、ヨーロッパとアメリカ各地に散らばっているので見るのはなかなか容易ではない。95年~96年にかけてのワシントン・ナショナルギャラリーとデンハーグ・マウリッツハイス美術館で行われたフェルメール展では23点、2001年のニューヨークのMETで開催されたフェルメール&デルフト派展では15点ものフェルメール作品が展示されたが、あれだけの数を集めた展示会はもうないだろうと言われている。だから今回7点も日本で見ることが出来るというのは随分すごいことなので、見に来る人が多いのも頷ける。
最初にまず3点飾られていたが、その全ての前に人だかり。スコットランド・ナショナル・ギャラリーの「マルタとマリアの家のキリスト」、マウリッツハイス王立美術館の「ディアナとニンフたち」、アムステルダム国立美術館の「小路」。最初は後ろから見ていたが、やはり絵の前に立って見たいなあと思い、行列に並んでジックリと見る。
宗教画も神話を題材にした絵もフェルメールには珍しいが、絵のタッチも「フェルメールっぽくない」気がした。随分大きい絵だなということにもちょっと驚く。題材が題材だということもあるが、キリストの方はエル・グレコにオランダ絵画テイストを加えたみたいな。洋服の質感とか髪の毛なども何となく違うような。

ディアナの方も解説にレンブラントの影響が見受けられると書かれていたが、ホントそんな感じ。ワタシはマウリッツハイスは行ったことがあり、「真珠の耳飾の少女」も「デルフト眺望」も見たのだけれど、「ディアナ」はまったく記憶にないのよね。多分フェルメールだと気付かなかったんだと思う。どちらの2点も左から光が当たっているのはフェルメールっぽいけれど、パンとかへの光の当たり具合なんかはちょっと違う。

そして「小路」。この絵は前から好きな作品である。こちらもフェルメールにしては珍しい風景画なのだが(他に風景画は「デルフト眺望」しかない)、なんてことない風景のように見えるけれど、とても穏やかな気持ちの良い絵なのだ。実物を見て、その思いを強くした。ワタシのイメージ的には土曜日の10時半くらい。まだあまり人もたくさん出歩いていない、のんびりした穏やかな週末の始まりといった気分。この絵の前でかなり時間を費やしたかもしれない。

さてお次の部屋へ移動すると、先ほどの部屋にも増してすごい人垣。ドイツ・ブラウンシュバイク、アントンウルリッヒ美術館の「ワイングラスを持つ娘」である。この絵、ワインで酔っ払ったお姉さんとその面倒を見るおじさんの表情が下卑ていて余り好きではない絵だと思っていたのだが、実物を見るとまた違うわね。いや、二人の印象はそんなに変わらないのだけれど、ステンドグラスやテーブルの上に置かれた果物と白い布によって、何となく浄化作用を感じるのだ。この人の風俗画はいつもまるで写真のようにある瞬間を切り取った感じがするのだけれど、この絵もその印象をすごく強く受ける。そして赤いドレスの色合いの鮮やかさ。彼女の手がまるで土で塗り固めたような不自然な茶色をしているのが気にかかるけれど、そのおかげか赤いドレスが一段と際立つような。うーん、いい絵だなあ。この絵が好きとは言えないけれど、でもいい絵だなあと思った。

次は「リュートを調弦する女」。これは年初にニューヨークへ行ったときにMETでも見た。他の絵と比べると色合いが地味で、何となく暗い感じ。おでこの広い女性と黄色いガウンというフェルメールの定番だ。ガウンはフェルメールの財産目録に出てきたものではないかと言われているそうなので、このおでこの広い人は奥様なのかなあ。

そして!アイルランド・ナショナル・ギャラリーの「手紙を書く婦人と召使い」 多分これは来れなくなった「絵画芸術」の代わりに来たと思われるのだけれど、この絵がとてもよかった。とても明るい室内で手紙を書くご婦人と、退屈そうに後ろに控えている召使。後ろにの壁に飾られた「モーゼの発見」の絵もはっきりと見える。何と言っていいのか判らないけれど、とてもフェルメール的な光の美しい絵だった。やっぱり何を言わなくても、絵そのものの力ってあるのだなあと思ったのは、明らかにこの絵と先ほどの「ワイングラスを持つ娘」の前には他の絵よりも人が多い。素晴らしい芸術は多く人に伝わるものなのだなとちょっと感動してしまった。

最後はラスベガスのカジノ・オーナーが落札したという「ヴァージナルの前に座る女」。ワタシは何か違う絵と勘違いしていたみたい。これも先ほどの「手紙を書く婦人」とほぼ同じ時期に描かれた作品のようなのだけれど、何となく生気の感じられない絵だ。ノベタンとした印象だし。一応フェルメールの作品とはされたけれど、まだ疑問を持っている人は多いようである。

この7作品を見終わる頃には閉館のアナウンスが流れていた。もう一度逆流して、人が減ったところで最後の一拝みをしてから、外へ出る。並んで見るのはかなり時間がかかったけれど、並んでいる間もじっくり横から見ることが出来るし、そういう状態から、遮るものがない状態で絵の正面に立って眺めると、また印象も変わり堪能できたので悪くはなかった。まあ、絵の前から動かない人もいたので、本当は立ち止まらないようにした方がいいのかもしれないけれど、やっぱり見るとなったらジックリ見たいしねえ。特にフェルメールの絵って、すごく静謐で、絵の前に立つと周りの音が消え、絵の中に引き込まれてしまうような感じなのだ。そしてボーっとしてしまって時間の流れを忘れてしまいそうになる。だから絵の前で動けなくなる人の気持ちも良く判るし、自分もそうなってしまうので、同志だなと思うしかない。いやあ堪能したなあ。もう一回くらい見たいけど(ピーテル・デ・ホーホとか他の人の作品も見てないしね)、無理かなあ。
これで全部で19作品見たことになるのか。あと17点(真贋はっきりしないものも含めると18点)。フェルメールの全作品を見ることを巡礼と言うらしいけれど、ワタシの巡礼の旅は終わるかな~。
今回は目玉と言われていたウィーン美術館の「絵画芸術」は急遽来ないことになってしまったのだが、その代わりの特別出展分を含めて7点。若い頃のものから晩年のものまで幅広く来ている。
フェルメールの作品は、先年フェルメール作と認定された「ヴァージナルの前に座る女」を含めても、世界でたった36点(真贋が定かでないものがもう1点)前後しかない上に、ヨーロッパとアメリカ各地に散らばっているので見るのはなかなか容易ではない。95年~96年にかけてのワシントン・ナショナルギャラリーとデンハーグ・マウリッツハイス美術館で行われたフェルメール展では23点、2001年のニューヨークのMETで開催されたフェルメール&デルフト派展では15点ものフェルメール作品が展示されたが、あれだけの数を集めた展示会はもうないだろうと言われている。だから今回7点も日本で見ることが出来るというのは随分すごいことなので、見に来る人が多いのも頷ける。
最初にまず3点飾られていたが、その全ての前に人だかり。スコットランド・ナショナル・ギャラリーの「マルタとマリアの家のキリスト」、マウリッツハイス王立美術館の「ディアナとニンフたち」、アムステルダム国立美術館の「小路」。最初は後ろから見ていたが、やはり絵の前に立って見たいなあと思い、行列に並んでジックリと見る。
宗教画も神話を題材にした絵もフェルメールには珍しいが、絵のタッチも「フェルメールっぽくない」気がした。随分大きい絵だなということにもちょっと驚く。題材が題材だということもあるが、キリストの方はエル・グレコにオランダ絵画テイストを加えたみたいな。洋服の質感とか髪の毛なども何となく違うような。

ディアナの方も解説にレンブラントの影響が見受けられると書かれていたが、ホントそんな感じ。ワタシはマウリッツハイスは行ったことがあり、「真珠の耳飾の少女」も「デルフト眺望」も見たのだけれど、「ディアナ」はまったく記憶にないのよね。多分フェルメールだと気付かなかったんだと思う。どちらの2点も左から光が当たっているのはフェルメールっぽいけれど、パンとかへの光の当たり具合なんかはちょっと違う。

そして「小路」。この絵は前から好きな作品である。こちらもフェルメールにしては珍しい風景画なのだが(他に風景画は「デルフト眺望」しかない)、なんてことない風景のように見えるけれど、とても穏やかな気持ちの良い絵なのだ。実物を見て、その思いを強くした。ワタシのイメージ的には土曜日の10時半くらい。まだあまり人もたくさん出歩いていない、のんびりした穏やかな週末の始まりといった気分。この絵の前でかなり時間を費やしたかもしれない。

さてお次の部屋へ移動すると、先ほどの部屋にも増してすごい人垣。ドイツ・ブラウンシュバイク、アントンウルリッヒ美術館の「ワイングラスを持つ娘」である。この絵、ワインで酔っ払ったお姉さんとその面倒を見るおじさんの表情が下卑ていて余り好きではない絵だと思っていたのだが、実物を見るとまた違うわね。いや、二人の印象はそんなに変わらないのだけれど、ステンドグラスやテーブルの上に置かれた果物と白い布によって、何となく浄化作用を感じるのだ。この人の風俗画はいつもまるで写真のようにある瞬間を切り取った感じがするのだけれど、この絵もその印象をすごく強く受ける。そして赤いドレスの色合いの鮮やかさ。彼女の手がまるで土で塗り固めたような不自然な茶色をしているのが気にかかるけれど、そのおかげか赤いドレスが一段と際立つような。うーん、いい絵だなあ。この絵が好きとは言えないけれど、でもいい絵だなあと思った。

次は「リュートを調弦する女」。これは年初にニューヨークへ行ったときにMETでも見た。他の絵と比べると色合いが地味で、何となく暗い感じ。おでこの広い女性と黄色いガウンというフェルメールの定番だ。ガウンはフェルメールの財産目録に出てきたものではないかと言われているそうなので、このおでこの広い人は奥様なのかなあ。

そして!アイルランド・ナショナル・ギャラリーの「手紙を書く婦人と召使い」 多分これは来れなくなった「絵画芸術」の代わりに来たと思われるのだけれど、この絵がとてもよかった。とても明るい室内で手紙を書くご婦人と、退屈そうに後ろに控えている召使。後ろにの壁に飾られた「モーゼの発見」の絵もはっきりと見える。何と言っていいのか判らないけれど、とてもフェルメール的な光の美しい絵だった。やっぱり何を言わなくても、絵そのものの力ってあるのだなあと思ったのは、明らかにこの絵と先ほどの「ワイングラスを持つ娘」の前には他の絵よりも人が多い。素晴らしい芸術は多く人に伝わるものなのだなとちょっと感動してしまった。

最後はラスベガスのカジノ・オーナーが落札したという「ヴァージナルの前に座る女」。ワタシは何か違う絵と勘違いしていたみたい。これも先ほどの「手紙を書く婦人」とほぼ同じ時期に描かれた作品のようなのだけれど、何となく生気の感じられない絵だ。ノベタンとした印象だし。一応フェルメールの作品とはされたけれど、まだ疑問を持っている人は多いようである。

この7作品を見終わる頃には閉館のアナウンスが流れていた。もう一度逆流して、人が減ったところで最後の一拝みをしてから、外へ出る。並んで見るのはかなり時間がかかったけれど、並んでいる間もじっくり横から見ることが出来るし、そういう状態から、遮るものがない状態で絵の正面に立って眺めると、また印象も変わり堪能できたので悪くはなかった。まあ、絵の前から動かない人もいたので、本当は立ち止まらないようにした方がいいのかもしれないけれど、やっぱり見るとなったらジックリ見たいしねえ。特にフェルメールの絵って、すごく静謐で、絵の前に立つと周りの音が消え、絵の中に引き込まれてしまうような感じなのだ。そしてボーっとしてしまって時間の流れを忘れてしまいそうになる。だから絵の前で動けなくなる人の気持ちも良く判るし、自分もそうなってしまうので、同志だなと思うしかない。いやあ堪能したなあ。もう一回くらい見たいけど(ピーテル・デ・ホーホとか他の人の作品も見てないしね)、無理かなあ。
これで全部で19作品見たことになるのか。あと17点(真贋はっきりしないものも含めると18点)。フェルメールの全作品を見ることを巡礼と言うらしいけれど、ワタシの巡礼の旅は終わるかな~。
<<2008.11.7(FRI) パパイヤ | ホーム | 2008.11.6(THU) 人の意見はいろいろ>>
Comment
Comment Form
Trackback
| HOME |